2006年4月10日 (月)

自衛隊と自衛軍と自民党改憲案の目指すもの

「気が付いたときは遅かった」・・・徴兵で重砲兵にされた親父の述懐

 わたしは疎開先で5歳から18歳まで育った。8畳一間に7人家族が暮らす生活は中学生の私に「何故?」と考えさせることになり、「大東亜戦史」という分厚い本をみて、「なんで中国へ言ったの」、「戦争がなければ裕福とはいえないまでもそこそこの暮らしだったはず。なぜ反対しなかったの?」と親父に質問した。
 「気が付いたときには『反対というと特高が来る』状態だった」というのが答えだった。

 今でも、「辺野古の新基地に二本の滑走路を作るのは普天間の住民の負担を減らすためだ」、 「海兵隊をグァムへ移すのも沖縄の負担を減らすためだから『応分の負担』は必要だ」 と、額賀長官は言う。

 「日本の安全のために米軍に駐留してもらっているのだから、基地を貸しても諸外国のように賃貸料はもらわないし、施設・設備などを税金で作ってやるのは当然だ」 と言う説明は、「米軍がいるから安全が守られる」となり、「自衛隊を海外に派兵するのは国際貢献だ」、 「米軍が必要とするなら横須賀に原子力空母がきてもいい」、 「座間基地に戦闘司令部がきても、兵隊ではないからまあいい」、 という声も聞こえる時代になっている。

 これらは「そう思い込まされている」だけで、隠されている事実を知らせて行けば解決すると思うけれど。 
 
今還暦の方でも「生まれたときから米軍基地があった」のだから、「日本は米軍のおかげで平和が保たれている」と思いがちである。
いま、ココのところを「正しくみる」こと、「考える」こと。 気が付いたときは遅いことに引き込まれているが、まだ間に合う。

 明日から、この「常識」を問い直してみたい。 もし、「9条2項を変えないと日本の安全を守れない」 と考えている方がこのブログを見ていたら、その根拠を語ってください。(あきさん)

| | コメント (2) | トラックバック (3)