2006年6月22日 (木)

軍事の備えは、軍事行動に進むことに

またしても「やはり」という事態が進むことの恐ろしさ

 今日からVDSLで、平均速度を測ったら52Mbs、ISDNに比べれば800倍以上の速度を期待したが、実感は「少し早い程度」でしかなかった。「サーバーの設備が対応していない場合は計算どおりにはならない」、と開通工事にきた労働者はいう。NTTの甘い誘惑に乗ったらしい。

後は「早く3兆円を出させる」だけだから、「本音」をいう

 住民の反対は無視したまま、再編を受け入れる閣議決定がされたから、沖縄の海兵隊「8000人のグアム移転」の話が少しずつはっきりしてきました。
 「移転するのは司令部だけで、主要な作戦部隊は引き続き沖縄にとどまる」
 「沖縄に残る作戦部隊は10000人から12000人。したがって主要な作戦部隊(戦闘部隊)、すなわち朝鮮半島での紛争に駆けつけなければならない場合、速やかに移動させる必要がある部隊は地理的に近くにいることになる
 (さすがに「地理的に近いところに司令部をおくと、反撃のターゲットになるからグアムに移動した」・・・とまでは言わなかったが)
 この発言は、「アメリカ国防総省ヘンリー主席次官が、米下院軍事委員会の米軍再編問題公聴会で証言した「公式」のもの。

 先日、自衛隊が米海兵隊との合同で、上陸強襲訓練をやっていることを懸念した私の記事にたいして、トイプードルさんなどが、「米海兵隊との合同訓練をやっているのは敵国に上陸するための訓練ではなく、中国軍による南西諸島への侵攻を想定した訓練ではないでしょうか」と推定を述べていたことを、ペンタゴンの幹部が公式のばで真実を語ってくれました。自衛隊はアメリカに従って海外で戦争をやる能力をつけていると言うのが、「見たくはない現実」でしょう。

 イラクで、自衛隊が「人道支援」から「占領支援」に!

 政府は、「陸自の撤退と同時に航空自衛隊の輸送支援活動を拡大する」事を決めました。柳沢官房副長官補は、「陸自の撤収が終わった段階で『現状にふさわしい形に変えたい』、として、「人道復興支援」から「米軍などへの支援」に変更する方針を説明しています。(自民党国防・外交・内閣合同部会での説明)

 ①これまで空自は主に、イラク南部のバスラやタリルなどに限定して輸送活動をしてきました。
 政府が、昨年12月に『イラク派兵基本計画変更』の際に、『実施要綱』で空自の活動対象(輸送地域)を、13から24に拡大しました。 
 そのため、今年3月にはバグダッド西方にある米海兵隊の拠点:アサド空軍基地に7人の空自隊員が調査に行ったそうです。日本国内では報道されていませんが、米海兵隊ニュース3月25日付けによると、「もし命令がくだれば、われわれはここに飛ぶ準備が整っている」などと述べているのです。
 先日、小泉首相も「アサド基地への輸送も検討する」と述べています。

 ②「陸自の撤退を支援する」ためとして、「100人の隊員をクエートに派遣する」と発表されています。このうちサマワに行くのは10人とされています。そもそも、自己完結型の組織だから危険地域に送ると言われていました。分かり易く言えば、「自分のことは自分でやる」、具体的には水の確保や食糧供給もすべて自前で調達する。身の安全を守るのも自分でやることができる自衛隊・・・といってきたのですから、撤収も現地の600人でやれるはずで100人が何をするかと思っていたら、やはりサマワに行くのは10人でした。

 長くなってしまったので、続きは又明日にしますが、少しずつ、日米同盟という戦争体制に組み込まれていって、「気づいたときには遅かった」ではこまります。(あきさん)

 

のとなる

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2006年6月12日 (月)

自衛隊の羽化

防衛庁から防衛省への進化」 再論

 「庁」を「省」に格上げ知ると同時に、「海外派兵を例外任務ではなく、本務とする」という変更を行なうことも、ことがメインの自衛隊法改変だということを、気が付いているでしょうか?

 既に米海兵隊と一緒しなって「上陸強襲訓練」 (武装して、「敵国に上陸する」訓練)をやっているのです。これがどうして、専守防衛とか、災害訓練、あるいは海賊対策になるのでしょうか。どう考えても分かりにくいのです。(あきさん)

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2006年5月25日 (木)

ノーベル平和賞と相容れない核密約のこと

 確か娘が生まれた年だから、1974年のことだったと思うのですが、佐藤栄作総理大臣がノーベル平和賞を受賞しました。その受賞には、彼が提唱した「非核三原則」の貢献が大きく評価されたと言われました。

 1967年9月に、アメリカから「原子力空母エンタープライズの日本寄港を求められ、核兵器を搭載しているといわれたエンタープライズの入港鵜を認めるかどうかが大きな問題でした。国会では自民党の松野頼三議員と成田知巳議員がこの問題を取上げて質問しました。

 「エンタープライズの入港を認めたら、核兵器を持ち込むことになるではないか」、と迫られて、佐藤首相は核兵器に対する政府の方針を「非核三原則である」、「核兵器は、作らず、持たず、持ち込ませずが原則」 だと答えました。

 ところが、1960年の安保条約改定のとき、日本政府は「秘密協定」を結んでいたのです。それは「アメリカ軍の艦船や航空機に核兵器を搭載したまま港や空港に出入りしても持ち込みとは考えない」 というものでした。
 日本政府は艦船や航空機に核兵器を搭載したまま出入りすることを知りながら、「陸揚げしなければ持ち込みではない」という詭弁を思いついて、アメリカに提案し、国民向けには「持ち込ませず」だから非核政策だと嘯いていたわけです。これが分かっていたらノーベル賞はなかったでしょう。

 アメリカの外交文書が一定の年月を過ぎたものは公開するシステムですが、1959年からの安保条約改定の秘密文書も解禁になったのです。公表された条約以外に、「岸首相とハーター国務長官による交換公文」という秘密協定のほか、そこで書かれたことを「どう解釈するか」という、藤山外務大臣とマッカーサー駐日大使が署名したものもあるのです。この「解釈定義」とも言うべき文書は「討論記録」という名前でつくられているそうです。

 あまり長く書くと読まれないようですから、結論だけにしますが、「議事要旨」とか「討論記録」という、「フルネームではなくイニシャルでサインする」これらの文書も、表向きの協定と一体であり、協定を補完するものであり、むしろここで真意を語っているのです。(こうした方法をとったのは「国民に分からなくするためだ」という日本政府の発案だということを書いた記録も残っているというのです。)
 吉野文六さんの「イニシャル サイン」も同じ性格の文書なのです。

 今度の米軍と自衛隊の一体化再編によって、自衛隊基地で米空軍と共同訓練をすることも合意されていますが、これまで嘉手納基地での訓練では、嘉手納に配備されたものだけでなく、米本土から別の種類の戦闘機が飛来して訓練に参加しているといいますから、本土の基地でも何が行なわれるかわかったものではないですね。

 「最終合意」の工程表の裏にないがあるか、目を光らせましょう。でも分からないですよね。(あきさん)

 

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2006年5月23日 (火)

「密約」について (昨日のつづき)

 沖縄返還をめぐる「密約」とは・・・

 1971年6月9日の「協定調印前の、ロジャーズ米国務長官と愛知外務大臣の会談」では、「返還協定にも書かないで日本が支出する6500万ドルについても議論が行なわれた、と沖縄県公文書館が入手した米政府の解禁文書に、その会談記録があるのです。

 政府が「存在しない」という合意の議事録に、次のようなくだりがあります。
ロジャーズ長官が、米軍の施設の修理・整備のために、日本側が(安保条約にもとづく)地位協定を 「気前よいやり方で解釈できないか」 と、愛知外相にたずねています。(実際は強い要請でしょう)

 外相は(外務省幹部や大蔵省の反対意見をおさえて)、「私が責任をもちます」と、支出を約束したとされています。(対等な協議ではなく、実際は「言わざるを得ない」関係でのまされた)

 日米地位協定では 「在日米軍の駐留経費は、基地の提供を除き、アメリカの負担」であると明記しています。愛知外相は地位協定を超えて(反して)財政支出するという秘密の約束をしたのですが、その後1978年に金丸防衛庁長官が、「思いやり予算」と名づけて米軍駐留経費を支出するようになった根源はここにあるのです。

 過去には「沖縄返還を恩に着せて秘密協定を押し付ける」というやり方で成功したアメリカは、今回は「沖縄の負担軽減のためという名目で、辺野古やグアムに新たな高機能基地を作ろうとしているのです。
 今度も、いろいろな「密約」があると疑うのは、考えすぎでしょうか。

 昨日の報道では米横須賀基地に新空母用の巨大な埠頭が完成したとつたえていた。防衛施設庁は、これが原子力空母のためではないという説明に、「干潮時の水深が13メートルであり、原子力空母は15メートルが必要」といってる。日本側の費用で原子力空母用に浚渫するときは「あらたに横須賀市長の許可が必要」になるらしい。しかし、アメリカの費用でやるなら許可など要らないという「日米地位協定」があることは国民はあまり知らない。

 深刻なまでに対米従属の度は深い。基地を確実になくす方法はないものでしょうか。安保条約第10条を使えるようにしなければだめなんでしょうね。
日米軍事一体化に反対しながら、同時に「安保条約があるかぎり、100年先も基地のまち」だということを考えていきましょう。(あきさん)

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2006年5月22日 (月)

沖縄を返すから、と恩にきせて

 名目とは違う秘密の支払いがあった「沖縄返還」での密約

今年2月に、吉野文六さんという、34年前の沖縄施政権返還のときに、外務省の北米局長だった方が、交渉の過程で「密約」があったことをみとめたから、マスメディアは騒然としたのですが、

 吉野さんが認めたものは、すでに1971年に当時毎日新聞の記者だった西山氏が「本来アメリカが負担するべき費用を日本が負担している」疑惑として報じたものであり、2000年5月には琉球大学の我部政明教授が、米国の解禁文書からみつけているものです。

 吉野さんの話は、(1971年6月に)「沖縄施政権返還協定が調印されたが、その1週間前にパリでロジャーズ国務長官と、愛知外務大臣んの会談がおこなわれ、合意を文書化した議事録に、陪席した私がサインしたのです」 というもの。交渉の当事者が、アメリカで解禁された文書の信憑性を語ったのです。嘘を言うはずはないでしょう。

 記録文書では、スナイダー公使との間で協議した議事要旨とされており、「原状回復補償費の日本側の自発的支払い」として400万ドルを支払う (米信託基金設立のために確保しておく)というもの。

 公式の返還協定では、第7条で、日本が3億2千万ドルを負担すると明記されています。「資産買い取り費」、「人件費増加分」、「核兵器撤去費」だそうです。
これ自体なんで日本が負担するのか?と思えるのですが・・・。

 ところが、吉野さんが認めた文書に記載されている、返還土地の原状回復補償費400万ドルと、米政府の海外向け短波放送(アメリカの声)の施設移転費1600万ドルは、3億2千万ドルの中にも含まれるというのですから、「この秘密協定の本当の支払い目的は別のもの」ということになります。だから政府が密約を認めないのは「真の支払い目的を隠すため」だといえないでしょうか。

 このくらいで手と指が硬直してきたので、続きは明日に。(あきさん)

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