2007年7月 7日 (土)

自虐的ということ

政治家は何よりも人権についての理解を持って欲しい

 6日のラジオ日本で、自民党の三役である中川昭一氏が、1993年の官房長官談話について、「自虐的だ」、「真実と思われるものを封じこめている」と批判していた。

 戦前型の社会体制に回帰することを目指すという「日本会議」の政治家部門のトップだから、7月中にも米国下院で採択される「日本政府への謝罪要求」をまえに、焦っているのだろうと思う。

 言論は自由だから、「戦争論」などで漫画家が自分の思いを主張するのはいい。事実を指摘して批判し、議論が出来る。

 しかし、政権党の中枢にいる方が、政府首脳の談話を「真実を反映していない」と攻撃するのは、先ごろ首相が忸怩たる思いを伏せて、「継承する」と言わざるを得なかった反動が伝わったとしてもいただけない。

 ここで私が気になるのは「自虐的」という見方です。ここではかつて日本が侵略戦争で近隣諸国に「被害を与えた」ことを巡っての問題で言われる「自虐的」という言葉を、侵略国であった国の政治家が発することの重大さです。

 「あの戦争は自存自衛であり、アジアを解放する正義の戦争だった」という肯定論には、基本的に反省はない。これまでの首相の見解で控えめながら侵略戦争を認め、反省の言葉を語ったのは村山首相だけで、安倍首相も「後生の史家が判断すること」としている。反省を政権トップの口で自らの言葉で語ることを避けている。

 「村山談話を継承する」と言っても、被害を受けた国民は、「反省を言うが謝罪はしない」ことの「真意」を見抜いている。

 日本軍による「管理買春制度」としての従軍慰安婦問題を、同盟国であるアメリカの国会がなぜ批判をするのか、と言うことです。ここには女性の人権に対する認識の違いがある(日本の国民を含めて)ことに目を向けたいと思う。(あきさん)

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2007年7月 6日 (金)

河野談話は政府の調査に基づいています

「戦争論2」は、1993年の官房長官談話を「外交決着」のための作文というが

しかし、女性のためのアジア基金は、中朝に屈服して設立したわけではないでしょう。根拠もなく「償い金」という名の保証金を払ったのではなく、政府による調査の結果をまとめた資料収集が公開されています。

研究者による調査研究もたくさんあるけれど、まずは「アジア女性基金」で検索し、5分割して全文が公開されている調査結果を読むことをお薦めします。

「戦争論2」のようなアジテーションもなく、軍の関与を受け止めて欲しいです。
(あきさん)

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2007年7月 5日 (木)

戦争論2を読みました

加藤さん、「戦争論2」を読みました。

小林さんのロジックはゴーマニズムというだけあって独特の洗脳(催眠商法的)手法がうまいですね。

従軍慰安婦問題のところは 
起=「痴漢犯罪を導入部に」して、
承=痴漢冤罪という実例があることに連想を導いて、「被害者と加害者が逆と
  いう場合だってある」とうけ、
転=立証責任は被害者(犯罪を告発した側)にある、と「否定し続ければ勝ち」
  といい
結=証言以外に証拠はない、と断じ。「史料検証で旧日本軍の犯罪が立証され
  たら事実と認めてもいい」が、被害者の証言の裏づけをとらねばならない、と。

続けて、小林氏が史料検証として描くのは、戦前の農村部の貧困を背景にして、人身売買があり結果として「女郎」に落ちていくことなどを、ドラマ「おしん」を引いて背景を論ずることです。

「1993年の政府見解(河野談話)は事実調査もない、外交決着のためだけの屈辱的なものだ」、という前提のようで、冷静に史料検証など行ってはいない。


「ゴーマンかましてよかですか」というマジックを間に挟んで進める手法は、氏の説が正当であるかのような錯覚に導くための作為としか読めない。

昨日は「追記」でかいたので加藤さんが見落とすかもしれませんので、ダブルところもありますが。(あきさん)

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